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ペットロスの日々だった。

早いもので9月になった。
ファンが亡くなったせいか、8月はとても長く感じられた。
喪失感が思ったよりも長引いて、ただ、ボヤンと過ごしていた時期が長かった。
ファンのものは片づけられなくて、糖試験紙や使い終わった注射器やたくさん買い占めたファン専用のフード類など、見ているだけで辛かった。
必死に記録していた何枚もの用紙の束も、見れば涙・・という状態だった。
今でも時折涙が出る。

ファンは8月7日に荼毘にした。
その時に、蘭・モコ・ブー・パン・ルンの遺骨をペット霊園に持参した。
昨年から、このペット霊園の共同墓地に埋葬することを考えていて、電話で申し込んでおいたのだが、私のお世話になっているペット霊園の経営者の本業は農業である。
火葬した遺骨は持ち帰ってきても、共同墓地に納めたいと思えばいつでも無料で納めることができるのだ。
ただし、農閑期の対応になる。
農閑期の時期を選んでと思っているうちに、延び延びになってしまい、ファンの荼毘に合わせる形になった。

共同墓地に納めたいと思ったのは、かなり前からで、ただの飾りのように家の中に置いておくよりは、たくさんのペットたちと納まっている方がうちの猫たちは幸せなのではないだろうかと、私の考えがかわったからだ。
分骨も考えて、小さな骨壺も購入して持ってあるが、散々迷ったが結局分骨はしなかった。
ファンの荼毘を待つ間に、蘭たちのお骨を共同墓地に納骨した。
これから仲間になります。よろしくお願いしますという意味を込めて手を合わせてくださいと言われ、お経をあげてもらった。
共同墓地のお骨をいれる蓋を開けられたときに、中をのぞくとたくさんのお骨があり、それを見た時に心から安堵感がわいてきた。
これらのお骨は、私と同じ思いをした、たくさんの飼い主の涙と愛情であふれている。
一時、飼い主を涙の渦に陥らせたとしても、愛して愛された幸せなペット達のお骨である。
この場所にうちの猫たちを納めることができてよかった。


とはいえ、ファンのお骨は持ち帰った。
すぐ、共同墓地に納骨することはできず、もうしばらくは離したくないと思ったのだ。
ペット霊園のご主人も、不公平になるものねと言っていた。
そうなのだ。
ほかの猫たちは長い間私のそばに置いておいたのに、ファンだけすぐに私の手元から離すことはできない。
だから、1周忌のころまで、手元に置くことにした。
ファンとパンは仲が良かったから、パンに、「ファンちゃんは、もう少しママのところにいるからね。待っていてね」と断りを入れてきた。

個別の墓地もあるけれど、震災後、九州に引っ越した人がいて、お墓参りに行きたくても行けないという飼い主さんからの電話があったりしたそうだ。
共同墓地であれば、必ずお参りする人はいるわけだし、花は絶えないし、その日も若いカップルが共同墓地にお参りに来ていた。
山の中のペット霊園だから、かなり交通の便は悪いけれど、それでもお参りに来る人がいる。



ファンちゃん、もう少しママのそばにいてね。

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