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ペット霊園は、春の風がふいていた。

21日にルンが亡くなって、翌22日の午後1時に荼毘の予約を入れた。
22日の朝からルンの部屋で、ルンの亡骸を前に、いろいろ考えた。
そして、ルンのトイレのおしっこの固まりを見ながら、気づいた。
おもらしをしてもよかったのに・・・と、あの時はとっさにそう思ったが、よく考えれば、これはルンに対して失礼だ。
ルンの尊厳を傷つけている。
あの体の状態で、よくトイレまで向かって行った。
最後は本能だったのかもしれないが、ふらふらしてもよろけても、休み休みでもとにかくトイレに行きたかったのだ。
ルンは偉い。
ルンは立派だ。
よくやったと褒めてあげるべきなのだ。
頑張ったね、すごいよと言ってあげるべきだった。
ルンはやっぱり私の自慢の子だった。
それに気づいて、泣いた。
気づくことができてよかったと、また泣いた。


ルンの最期を看取れなかったことについては、これはしょうがないと思っている。
勿論、後悔がないといえば嘘になるが、私の腕の中で逝かせてあげられれば、私も幸せだったと思う。
そう願っていたはずなのに。
ごめんね。一人ぽっちで逝かせて・・という思いは心に、あふれるほどある。
でも、これが運命で現実なのだ。
私は今までの人生で親兄弟、親戚、友人、知人、たくさんの死の現実を知らされて受け止めてきた。
これは私の年齢からすれば当然のことだけど。
その中で、ドラマのワンシーンのように、家族に囲まれて医者がご臨終ですと言って、わぁ~と泣き出すような、亡くなり方をした人はいない。
死は突然訪れていた。
例えば弟は末期のガンだったが、亡くなる前日に私と兄が病院に泊まり込み、翌日、出直すことにして病院に後にした。
その時まで普通に弟と会話ができていた。
だが、それから40分後、弟は亡くなった。
弟には娘がそばについていたが、売店に買い物に行っているわずか10分くらいの間に、弟は一人だけの病室で息を引き取った。
それについて、姪を責めるには酷すぎる。
現実とはそういうものだ。
たった10分であっても、それが現実。
そして、私自身は、亡くなるとき、まさに息を引き取るその瞬間は、私は誰かにみとられたいと思ってはいない。
そばに誰もいないでほしい。
それは、かなり前から私が思っていたことなのである。
そういう考えをずっと持っていたから、ルンが亡くなった時に、ルンは私の思いを引き受けたのかと一瞬思った。

猫は不思議だ。
若い人で人生がまだ長いという人なら、ペットは子供のような存在なのだろうと思う。
私のように、友達との会話で終活の話題が多くなるような年齢になれば、老猫は、子供でもあるが、それと同時に同志であり、師になる。
猫から学ぶことは多い。
ルンは病気になる前は私に爪を立てるなんてことはなかった。
強制給餌を始めてから、いきなり私の手に爪を立てるようになった。
本当に嫌だったのだと思う。
人間だったら、胃ろうは絶対拒否しますというタイプだと思う。
私と同じように。
ルンを擬人化する気はないが、そして親バカと言われようが、ルンはとても素敵だった。
生き方も死に方も。


手形を取るときに、前足が丸まっていて、きれいにとれないかもしれないと霊園の人は言ったけれど、それでもとることはできた。
ルンの前足はトイレが終わって、砂をかくときの形をしていたのだ。
火を入れるときに、「ルンちゃんありがとう、大好きだよ」と声をかけて、その顔にキスをして送りだした。
霊園はお彼岸だったから、たくさんの人たちがお墓参りに来ていた。
そして、ルンが終わったら、次の人が控えていた。
山の中にある霊園に、春の風がふいていた。
小さな骨壺に納まったルンの周りにも・・・。
「お疲れさま」とでもルンに言うように、暖かい風だった。


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ルン、虹の橋へ。

昨日、ブログをUPしてから、ルンの部屋に行こうとルンの部屋のドアを開けると、ドアの前にいたらしく、すぐルンが出てきて私の部屋に入った。
ルンと私の部屋は隣同士。
ペタンと座り込んだので、他の猫たちもベットの上にいたが、ルンを抱き上げてベット上に置いた。
私は録画していたTV番組を観ながら、ずっとルンの側にいた。
体を起こして、ベットから降りようとしたので、抱き上げて降ろした。
ヨロヨロと歩きながら、私の部屋の隅に置いてある水の容器の前に行った。
そして水を飲んだ。
ペチャペチャと飲むのではなく、一口飲んでは休みの繰り返し。
勿論、ルンの部屋にも水は置いてある。
そして、出ます!というように部屋から出ようとするので、また抱き上げて、ルンの部屋のコタツの中に入れた。
夜中の1時まで、私はルンの部屋で本を読んでいた。
1時になったので、自分の部屋に戻った。
朝8時に起きて、ルンの部屋に行くと、ルンはトイレの中で横たわって亡くなっていた。
小さな固まりがあって、おしっこをしたのが分かった。
おもらししてもよかったのに、力を振り絞って、トイレにいったのだと思う。
だけど、力尽きてしまった。
からだは砂がついてなくて、きれいなまま。
抱き上げて、バスタオルの上に置き、体を覆っていたネットを鋏で切って、ガーゼも外した。
何時に亡くなったのかは分からない。
まさか、ヨロヨロでも歩けたから、こんなに早く亡くなるとは思わなかった。
亡くなるのなら、眠らずずっと側にいたのに。
と後悔しても遅い。
昨日、ヨロヨロでも歩いて部屋に入ってきて、2時間ばかり皆と一緒にいたのはお別れをしたかったのかな・・とも思う。

今日はお彼岸だから、両親のお墓詣りに行き、帰りルンを包む新しいバスタオルを買い、そして花を買った。
ルンは明日、今までの逝った子たちと同じ霊園で荼毘にする。

古いブログを見ると,ルンが庭で確認されたのは、2008年の3月28日。
その前から、来ているのは分かっていたが、姿を現さないで、置いておいたご飯を食べて消えるという状態だった。
2008年4月20日に捕まえることができて、すぐ不妊手術。
そして、白血病が陽性の診断。
それから、陰転するまで、ルンは6畳の猫部屋で一匹飼いをしていた。
そのころは、いつ発病するかわからなかったから、私は今回のようにルンの部屋で過ごしていたのだ。
たった、7年しか一緒にいなかったけれど、他の猫よりもはるかにルンと過ごした密度は濃いと思っている。
そして、私と他の猫との関係はサラッとしているのに、ルンはうちの猫の中ではファンと同じくらい甘えん坊になった。
2014年、4月5日。1,5センチほどの腫瘍がみつかる。
手術はしないという決断をした。
その時のブログ
普段と変わらなく過ごしていたが、腫瘍が自壊したせいか、この1か月ほどで急激に体調が変化した。
1年近くよく頑張ったと思っている。


庭に現れたときに、保護して良かった。
離さなくて良かった。
この今の喪失感は、とても表現できない。
腫瘍が自壊してから、ずっと心が張りつめていたので、寂しさだけが、心にあふれている。



ルンの最後のおしっこ。
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庭に突然現れた子だから、庭に唯一咲いていたパンジーも添えた。
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ルンちゃん、ありがとう。大好きだよ。
いたらないママだったけれど、ごめんね。
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アドバイス・あるいは心温まるメーセージなどメールをくださった方々、ありがとうございました。
感謝しています。






| | 20:51 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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お別れが近い。

昨日のといっても同じ20日だが、下書きに保存しておいたものを、同時にUPする。

病院に行ってきた。
体重は3キロちょうど。
2キロ以上も痩せた。
がりがりで痛々しい。
腫瘍の場所に当てていたガーゼが、出血のために剥がれず、無理に剥がすことに私では無理なような気がした。
消毒液を含ませたガーゼを当てながら、きれいに剥がしてもらった。
腫瘍の出血している部分を糸で縛り、出血を止める処置をしてもらった。
その後、ガーゼに軟膏を塗り、ネットで覆ってくれた。
抗生物質の軟膏で、新しく下したものだったのだが、これあげるよと言われたので遠慮なくいただいた。
この呼吸だとすでに肺にいっていると思うと言われた。
レントゲンは?と尋ねると、レントゲンを撮るために横にするのでさえ、苦しいと思うから撮らないと言われた。
注射なども、ただ苦しめるだけだからと言われ、こういうことに関しては、私と先生の意見は一致している。
あとどのくらいだろうか?と聞けば、少し考えてから一週間くらいかな・・・と言った。
昨日は飲んだのに、今日は水も飲めなくなっている。
水は少しずつ与えるようにしてもいいが、強制給餌は無理してやると吐くと言われた。
日が変わるごとに急激に悪化しているが、延命だけの処置は私は望まない。
とにかく、おだやかに逝かせてあげたいという気持ちだけ。
今日の病院への支払いは、診察だけだからと500円だった。
処置をしてもらっても、こういう心遣いは、いつも変わらずありがたく思っている。
病院では冷静で涙が出なかったが、外に出て、車のエンジンをかけたとたん涙があふれた。

家に帰って来て、歩かせるとふらつきながら3歩歩いてよろけた。
よろけてそのままうずくまった。
もう、歩くことも難しいのだろうと思う。
今朝はおしっこをもらしてなくて、トイレでできたようで砂の固まりがあったが、これももう無理かもしれない。

車の中で。
行きも帰りも泣かない。
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もう、腫瘍をかじる元気もないので洋服を着せるのはやめた。
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| | 21:09 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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ルンのその後。

簡単にルンのその後の経過。
現在、ルンはまったくドライは口にせず。
パウチのスープも半分も飲まない。
病院から購入した、流動食もシリンジで与えても口から出してしまう。
病院には置いてなくて、同じロイヤルカナンの粉末の流動食をぬるま湯で与えるものもネットで購入したが、これも、嫌がる。
大きなジューサーは処分したが、小さなミルミキサーがみつかったので、それで流動食を作ったが、これもいろいろドライ商品を試したが、好き嫌いが激しく唯一「懐石」が口にあったようで、飲み込むようになった。
ネット友達さんから、濾してというアイデアをメールでいただいたので、ドライをふやかしてミルミキサーで作ったものを、更に潰して濾してシリンジで与えている。
それでも大量には無理なので、時間を置きながらだましだまし少しずつ与えている。
おしっこを漏らすようになり、体重もかなり減り痩せた。
まだ歩くが、よろよろするようになった。
おしっこはトイレに行くときもあるが、この2、3日朝見るともらしている。
おむつも考えたが、腫瘍の部分にガーゼを当て、包帯を軽く巻いているし、前に作った後ろをクロスさせる洋服を着せて、さらにワンピースを着せているので、この上おむつは可愛そうだと思い、そのままにしている。
朝、コタツの中に敷いてある毛布やキャットベットは、取り替えている。
今は0時を過ぎてしまったがルンを見ると、口の周りが茶色になっているので濡らしたタオルで拭くと、血液だった。
口を切ったのか、吐血なのかわからないが、前に原因不明の吐血をしたときがあったので、不安になる。
明日、病院に連れていく。

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